子どものしつけってどうしたらいいの?

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「しつけのつもりだった」というセリフのもとに、恐ろしいことが家庭内で行われていることがニュースに上がる昨今ですが、子どもの性格も環境も一人一人違う中、ロボットのプログラムのようにマニュアルがあるわけでもないので、しつけが各家庭によって違うのは当たり前ですし、考え方も十人十色。

でも、子供は一度言ったくらいではわかってくれないし、何度も繰り返すことには根気がものすごく必要です。


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子どものしつけってどうしたらいいの?

私には子育てに協力してくれる主人がいますが、夫婦で協力しててもこんなに大変なのに、最近よく聞く「ワンオペ育児」や「シングルマザー」の方々は、一体お一人でどうやって子育てしていらっしゃるんだろう、と驚きます。(変な意味や悪い意味ではなくて!)

虐待する人を擁護するわけではありませんが、家の中で子供と二人きりで過ごし、周りに相談できる人も、話したり愚痴ったりできる人もいないような環境で、子供が癇癪をおこしたり、言うことを全然聞いてくれなかったり、寝てくれなかったりしたとしたら、思わず手が出る、ということはある、と私は思います。そして無抵抗の非力な子供を叩いてしまったと自己嫌悪に落ち込んだりと、どんどんマイナス方向へ行ってしまうお母さんの多いこと。

育児は、一人ではハッキリ言って無理があると思いますので、子育て支援している近くの児童館や母親教室のようなイベントに参加してみるのもいいのではないかと思いますが、外出するのもおっくうな場合もありますよね。

そんなときでも、今はスカイプなどの無料ビデオ通話もあるので、とりあえず「今日は誰とも話さなかった」と気づいたら、誰かと電話で話をするだけでも違うと思います。

女子は、たわいもないような話を友だちとするだけでだいぶスッキリできるものだと思いますから。(自分の体験から)

先ずは、お母さんのストレスを少しでも減らしておいた上で、子供のしつけについて考えていきましょう。

「しつけ=叱る」というイメージがありますが、

しつけ・仕付けまたは仕付)とは、人間社会・集団の規範、規律や礼儀作法など慣習に合っ  た立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように、訓練すること。 概念的には伝統的な子供への誉め方や罰し方も含む。

(ウィキペディアより引用 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%81%A4%E3%81%91

上記の意味で言うと、「子どもへの誉め方や罰し方も含む」の部分がクローズアップされすぎているのかもしれません。

本来の意味からすると、「身につけてほしい、と思うことを繰り返し教えること」がしつけのようです。

この「繰り返し教える」というのは言葉で言うのは簡単ですが、先ほども言ったように非常に忍耐のいることです。

「人に挨拶ができるように」とか、「おもちゃをおかたづけできるように」などは子供が小さいころにはよくいわれることですが、子どもが大きくなっていくと、「これからの国際社会、海外に行っても通用する子になってほしい」とか、「とりあえず大学は出てほしいから勉強する習慣を身につけさせたい」などなど、親の子どもへの将来のビジョンがある方が、意識的に言葉にも具体的が現れる指導となっていきそうですね。もちろん子供には子供の意思があるので尊重することも大事ですが。

よく聞く、「人様に迷惑をかける子にだけはなってほしくない」というざっくりとしたビジョンでも、もちろんいいと思います。

この、「人様に迷惑をかける子にだけはなってほしくない」ですが、私は非常に日本人らしい考え方だなと感じます。

日本では大昔から、年貢米の上納のときなどにも連帯責任を負わせていた習慣があるからか、人に迷惑をかけるということはとても大きなマイナスだ、という考えが根底にあると思われます。

(最近では「人様に迷惑をかける=盗みや犯罪を犯す」といった意味が含まれているようではありますが。)

でも、子供が「人様に迷惑をかけない」行いをするってちょっと無理があるんじゃないかなって思います。

何もわからない子供が、何かを誤ってこわしてしまったり、お友達のおもちゃを取ってしまったとき、「大変だ~!」と焦りますが、本来子供って人に迷惑をかけながら、色んなことを学んでいくものだと思うんです。

言い換えると、子どもは、人に迷惑をかけるものなんじゃないでしょうか。

それを最初から、「人に迷惑かけちゃダメ!」と、何かをする前に行動を制限してしまっては、この先、人の顔色をうかがう子どもになる可能性があるのではないかと思います。

日本では「察する」、「空気を読む」、「人の気持ちをくみ取る」ことが重視されがちなので、もちろん人の顔色をうかがうことは悪いことではないと思いますが、子どものときからやたらと言いすぎるのは心の成長においてどうなのかな、とも思いました。

その点、私の住むアルゼンチンの子育ては、良くも悪くも「他人に迷惑をかけないためのしつけ」はあまりありません。(いや、ほとんどかな)

もちろん高級レストランなどの公共の場で騒がない、などの暗黙ルールは多少!ありますが、ファーストフードでは子供はキャーキャー叫びっぱなし。

(大人も、サッカーに勝った負けたで公共の場で叫びまくっていますが)

どちらかというと、「しつけ」に関する一般的な解釈等は、皆さん気にならないようであまり必要なく、「私が親だから」という何とも動かしようのない事実をもって、親の言葉で指導していくという、しつけに関してもマイペースなアルゼンチンです。

出る杭は打たれる日本と、出ない杭はほっとかれるアルゼンチン。どっちがいいとも悪いともいえませんが、アルゼンチンでは、学校等ではしつけは身につかないので、親がよっぽどしっかりとしたビジョンを持って、個人的に指導していかないといけません。まさに親のうでにかかっています。

でも、厳しい言葉でしつけをした後は、抱きしめるなどのフォローを入れることは、子供が「叱られたけど愛されているんだ。僕のこと嫌いじゃないんだ。」と安心させるためにも絶対に必要だと思いますよ。自尊心のあるなしは、人間の心の成長においてベースとなってきますので。

という私も、毎日3人の子供にどなってばかり、反省ばかりの毎日です。子供と一緒に、親も日々成長中!(たぶん)

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